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『絵画の冒険』 第8講

アムステルダム在住のウノさんのお友達だった縁から、アムステルダムで3年間くらい年1でお会いし、
ファイヤーキングカフェの展示にも来てくれた、哲学教授の柿田さんオススメの本
『絵画の冒険』 小林康夫

「読み始めましたが、理解がめっちゃ難しく、ボチボチがんばりまーす。」(私)
と言っていたら、
「ゼミで『絵画の冒険』をやるけど、参加する?」(柿田さん)
と誘っていただき、
「ぜひ!!!!」
と参加させてもらっています。

これもまたコロナ禍ならではの、Zoomだから参加できるという不幸中の幸みたいな感じの。

ゼミに参加した後は、眼から鱗のような気持ちで「おお〜なるほどー」となるのですが、
すごい勢いで忘れていっているような気がするので、
ブログにまとめを書いてみようという試みです。

さらに、
『絵画の冒険』 小林康夫を理解したい!と思っている方にもピッタリの。(そんなにいないかしら。。)

 

1つの講が15ページくらいなので、自分では、ノートをとりつつ(ただ読んでいるだけだと迷子になるから)、
2回くらいに分けて読むのが、ちょうど良いくらいの。

事前に自分で読み、

ゼミでは、担当の生徒さんが、各回の講を読み説明していき、
柿田さんがそこにまた説明や質問を加えて読み深めていく
という手法です。

今のところ、4回行われております。

 

① 6月18日 第2講_絵画の誕生
1300年代 ルネサンス以前 ジョット・ディ・ボントーネ(1276-1337)が、絵画を「自然に従う」ものとして定めた。
※光輪なし(神様じゃない)の、画面に背を向けた人物を絵に登場させたのが斬新!!

 

② 6月24日 第7講_優美と驚異
1500年〜 マニエリスム
理性的な計算には還元できないもう1つの世界 = 迷宮の開示
※ミケランジェロというルネサンスの頂点から、さらに進んで精神病的世界へ

 

③ 7月1日 第6講_運動と力
1400年代後半-1500年代 ルネサンス
人類の芸術的な表現が到達した最も高い精神性のひとつの頂点
※肉体がひとつのメディアになって、その動きが葛藤とか情念を表現するようになった

 

ふぅ〜
ザックリとこんな感じです。たぶんね。

そして、④ 7月9日 第8講_バロックの襞(ひだ)

↑『聖マタイの召命』(1598-1601年) カラヴァッジョ

イエスが、マタイに「われに従え」と召した瞬間。
なのにイエスは、ほとんど陰になっていて見えない。
ここで光が当たっているのは、”閉じた窓”。
それは、向こう側が見えないからこそ何かあるような、演劇の舞台みたいな感じ。
ルネサンスの自然賛歌から進んで、閉じた空間の向こう側に魂を感じさせるような。

ノートはこんな感じになってました↓(字がちょっと汚いけど、図的に表現)







はぁ〜〜〜〜〜〜〜
なんだか結局、わかっているような、モヤっとするような微妙なところですが、
いろいろ深めると楽しい。

そして今日の絵は、記憶
https://mikifuseya.stores.jp/items/5f055fef4adba00fa88e42f5